大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

仙台地方裁判所 昭和33年(ワ)162号 判決

原告 後藤不二郎

被告 国

訴訟代理人 滝田薫 外一名

主文

被告は原告に対し金四〇〇、〇〇〇円及びこれに対する昭和三三年四月六日より完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

原告その余の請求を棄却する。

訴訟費用はこれを二分し、その一を原告、他の一を被告の各負担とする。

この判決は、原告勝訴の部分に限り、仮に執行することができる。ただし被告において金一五〇、〇〇〇円の担保を供するときは、仮執行を免れることができない。

事実

第一、原告の主張

原告訴訟代理人は「被告は原告に対し金二、〇〇〇、〇〇〇円及びこれに対する昭和三三年四月六日より完済に至るまで年五分の割合の金員を支払え、訴訟費用は被告の負担とする。」との判決並に仮執行の宣言を求める旨申し立て、その請求の原因として、

一、原告は昭和三〇年一月被告から仙台市苦竹所在苦竹駐留軍基地勤務駐留軍労務者として雇われ、爾来、昭和三三年二月一〇日まで汽罐工(第一級免許状をもつている)等として働いていた。

二、ところで昭和三一年四月二〇日、原告は命により、作業応援のため平常働いている汽罐場から基地内建築班作業場に赴き午後三時一七分頃、停止している電動自動鉋機の切匁の周囲に散乱する鉋屑を右手で清掃中、右機械操縦係駐留軍労務者大工訴外中目二郎が、原告に気付かず電動機にスウイッチを入れ電動機を始動させたため、その切匁の廻転によつて原告は右手中指及び薬指を切断されてしまつた。

三、そもそもかような自動鉋機を操作しようとする従業員は、該機械及びその近接附近の状況を具さに調査し機械の回転によつて人身に傷害を加えないことを確認してからでなければこれを始動させないよう事故の発生を未然に防止すべき業務上の注意義務を負うにかかわらず、中目二郎はこの義務を怠り同機械を始動させる前、鉋の切匁周囲に散乱している鉋屑を清掃している、またはしようとしている労務員がいるかどうかを確かめないで漫然同機械を始動させたため右事故を惹起したもので右災害は中目二郎の業務上の過失に因るものであることはいうまでもない。

四、そして中目二郎は被告から同基地勤務駐留軍労務者として雇われ右機械の操縫に従事していたわけであるから右事故は被告の事業の執行についての過誤により発生したものというべく従つて被告は民法第七一五条により使用者として原告に対し原告が右負傷によつて被つた有形無形の損害を賠償すべき義務があることは当然である。

五、そして右損害は次のとおりである。

(一)  消極的財産上の損害

原告は昭和一四年から約一八年間第一級免許状を有する汽罐工として働いて来たところ本件事故により仕事に最も重要な二指を失つたためもはや汽罐工として働くことができなくなり、昭和三三年二月末日竟に被告から労務不能を理由に解雇された。

そして原告は、右被解雇当時満四九才五箇月であつたから、本件負傷をしなかつたならば六五才五箇月まで汽罐工として働くことができ右被解雇当時賃金は所得税等を控除し月本俸手取り金一七、〇〇〇円諸手当金三、五〇〇円、計金二〇、五〇〇円年金二四六、〇〇〇円を支給されていたから、右一六年間に得べかりし収入は金四、九三六、〇〇〇円となりこれをホフマン式計算方法により年五分の中間利息を控除すれば一時に支払を受けることができる金額は金二、一六六、六一七円となる。

(二)  精神上の損害

原告は、本件事故により二指を失い外傷治療までの疼痛及び不具となつたことによる精神上の苦痛洵に甚大なものがあるから、その慰藉料として被告に対し少くとも金一五〇、〇00円の支払を求める権利がある。

六、よつてここに被告に対し、右財産上の損害金二一六六、六一七円の内金一、八五〇、〇〇〇円及び右慰藉料金一五〇、〇〇〇円計二、〇〇〇、〇〇〇円及びこれに対する弁済期以後(本訴状送達の日の翌日)たる昭和三三年四月六日より完済に至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求めるため本訴に及ぶと陳述し、被告の抗弁に対し原告が被告主張の災害補償を受けたことはこれを認めるがその余の事実を否認すると答え、

被告のいいぶん

被告指定代理人は原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。との判決竝びに保証を条件とする仮執行免脱の宣言を求め、答弁として、次のとおり陳述した。

一、原告がその主張のように被告に雇われ駐留軍労務に従事していたこと、その主張の日時に訴外中目二郎がスウイッチを入れた電動自動鉋機によつて負傷したこと、中目二郎が原告主張のように被告に雇われ、駐留軍労務に従事していたことはいずれもこれを認めるけれども、その余の事実を否認する。

二、中目二郎に過失がない。

本件電動自動鉋機は、長さ二米、幅一米六六糎、高さ一米余あり高さ約二〇ないし三〇糎のコンクリート台の上に固定されている。また、この機械を始動する電動機は、鉋機より約三〇糎離れた別個の台座に固定され、鉋機に背を向けなければ電動機のスウイッチを入れることができない。そしてスウイッチを入れれば鉋機上部の廻転匁(匁一、五糎)四枚が一分間一、六〇〇回以上の高速度で廻転して板を削り、削られた板は自動的に作業者及び機械の前方に押し出されるとともに、削屑も刃の回転による風圧により、殆んど全部前方に吹き飛ばされ鉋機前部に備え附けの屑入箱に入れられる。従つて廻転刃附近には殆んど屑が溜まらない。従つて鉋機の清掃といつても作業終了時、屑入箱及びその附近に飛散した削屑を掃き取ることが主たるものであつた。また廻転匁は高さ床から約一米四〇糎の箇所に位し機具カヴアーなどで覆われている。従つて床にいる通常の成人が通常の姿勢をもつてしては回転匁に手が届かない。すなわちコンクリート台、または機具カヴアーに上らない限り回転匁直下の清掃が不能である。

ところで中目二郎は本件事故発生当日、午後三時一〇分休憩時間が過ぎるや網戸木枠削作業を始めようとして先ずもつて鉋機附近に人影のないことを確め、鉋機後部の手動ハンドルを操つて製作寸法を調節した上、鉋機前方約四米の箇所まで歩み寄り、更に約四米前方の場所にある掛時計を観て時刻を確かめ、再び鉋機のある箇所に立ち戻つたがその際にも鉋機附近に人影が認められなかつた。そこで所定の作業位置に就き鉋機に背を向け電動機のスウイッチを入れ鉋機を始動させたわけであるから同人になんらの過失も存しない。

三、仮に同人に過失があつたとしても原告にも次のとおり重大な過失があつたから本件賠償額の算定についてこの点をも参酌しなければならない。

本件事故発生当時駐留軍はこれらの機械を使用する作業の安全を期するため、作業場内各所に機械取扱要領図、事故防止に関する注意書等を掲示し現場監督者大工斑長外八島二郎に命じ労務者らに対し事故防止に格別注意を払うよう指示させ、特に原告ら作業応援者に対しては、素手で自動鉋機の匁の附近の清掃をしないよう厳戒させていた。然るに原告はこれらの掲示、注意戒めを顧みず毫も清掃の必要がない鉋機の匁のところに素手を差入れたため本件事故が発生したもので、原告において、如上、掲示、指示戒めに対し一片の注意を払つていたならば、かような禍害は、容易に避けることができたことは想像に難くはない。従つて本件損害賠償額の算定については、この点をも斟酌しなければならない。

四、仮に原告になんら、落度もなかつたとしても原告は本件事故によつて殆んど損害を被つていない。

被告は原告の負傷を業務上の災害として取り扱い、原告の入院加療中はもちろんその後も有給休暇を与えなお、昭和三三年二月末日までの間に労働基準法の定めるところに従い、

(1)  療養費(昭和三一年四月二〇日から昭和三三年一月一〇日までの)

金一三一、六四一円

(2)  休業補償費(昭和三二年八月二二日から昭和三三年一月一〇日までの)

金四九、二一五円

(3)  休業手当(昭和三三年一月一一日から昭和三三年二月一〇日までの)

金七、四八四円

(4)  障害補償費(裁定等級第一一級七号)

金一一四、七二〇円

合計金三〇三、〇六〇円を支払つた、これにより原告が本件事故により被つた損害は全填補された。

よつて原告の本訴請求は失当である。

立証〈省略〉

理由

原告がその主張のように被告に雇われ、駐留軍労務に従事していたこと、その主張の日時に訴外中目二郎がスウイッチを入れた電動自動鉋機によつて負傷したこと、中目二郎が原告主張のように被告に雇われ駐留軍労務に従事していたことは当事者間に争がない。

よつて先ず過失の有無について按ずるに、証人八島二郎、中目二郎(第一、二回)、平山辰雄、加藤勘作の各陳述、検証原告本人尋問の各結果を綜合すれば元来電動自動鉋機を操作しようとする従業員は該機械及びその近接附近の状況を具さに調査し、機械の回転によつて人身に傷害を加えないことを確めなければ、これを始動させないよう事故の発生を未然に防止すべき業務上の注意、義務があるにかかわらず、中目二郎はこの義務を怠り、該機械を始動させる前、鉋の切匁周囲に散乱している鋸屑を清掃している、またはしようとしている労務員がいるかどうかを確かめないで漫然同機械を始動させたため右事故を惹起したもので、右災害は中目二郎の業務上の過失によるものといわなければならない。被告は中目二郎に全然落度がなく右受傷は専ら原告自身の過誤に基くものである旨縷説するけれども、被告の全立証によつてもこれを確認することができない。そして中目二郎が被告の被用者で被告の事業執行について右事故を醸もしたことは当事者間に争がないから被告は民法第七一五条「日本国とアメリカ合衆国との間の安全保障条約」第三条に基く行政協定に伴う民事特別法第一条により、原告がその受傷によつて被つた有形無形の損害を賠償すべき義務があることは当然である。

よつて進んで先ず財産上の損害額いかんについて考えるに原告本人尋問の結果によれば、原告は昭和一二年以来、昭和三三年二月一〇日被告から解雇されるまでの間に職場は数回変つたが殆ど一貫して汽罐工として働いて来たところ本件事故により右手指二本を切断されたため主として右手を使う右仕事に従事するを得ず、ただ右手を必要としない労働に従事することは、必ずしも不能ではないが、これによる稼働能率は従前の三割程度に過ぎず、従つてまた、その収入も右解雇当時の汽罐工としての収入の三割に過ぎないことを認めるに足り、そして証人山家清の証言同証言により真正に成立したものと認める乙第二号証の一を綜合すれば原告の右退職当時の本俸は月額金一二、八〇〇円(手取)諸手当月額金一、二〇〇円(手取)計金一四、〇〇〇円であつたことを認めるに足り原告本人の陳述中右認定に反する部号はとうてい、措信し難くその他原告の全立証によつても右認定を左右するに足りない。しからば原告は毎月右事故によつてその七割金九、八〇〇円の得べかりし利益を喪失したものというべく、そして、原告が右事故発生当時は満四九、五年であり、なお、少くとも一五年余命を保つことができることは原告本人尋問の結果厚生大臣官房統計調査部昭和三一年「第九回生命表」同「第九回生命表(修正表)」を綜合するによつてこれを認めるに足るから、原告は右事故発生後一五年間に、合計金一、七六四、〇〇〇円の得べかりし利益を失つたものとなるところ、今一時に請求する場合には右金額はホフマン式計算方法により年五分の中間利息を控除するを要するからこれを差し引くときは金一、〇〇八、〇〇〇円となる。

ところで原告は既に本件事故について災害補償として、金三〇三、〇六〇円の支給を受けたことは当事者間に争がないから原告の請求することができる消極的利益は右差引金七〇四、九四〇円となる。

従つて、他に特別の事情がない限り被告は原告に対し右同額の利益を補填しなければならないことはいうまでもない。

被告は、原告の損害が右災害補償によつて、全額填補されていると主張するけれども、被告の全立証によつても、これを認めることができない。

次に慰藉料請求の当否について按ずるに原告が右受傷によつて、受傷後外傷が治癒するまでの間相当痛疚を覚えたこと回復することができない後遺症及び外見を残こしなお稼働力の低下による生活不安のため相当精神上の苦痛を甞めまた向後、甞めて行かなければならないことは原告本人の陳述によつて明白であるから被告は原告に対し本件災害前後の事情、当事者の財産能力を勘案し諸般の事情を斟酌し右慰藉料額は他に特別の事情がない限り金一〇〇、〇〇〇円をもつて妥当とする。(労災関係の法制が財産上の損害のみの補償を目的とするに過ぎないから慰藉料の請求は、労災補償の有無によつて影響を受けないことはもちろんである。(大判昭和一六、一二、二七民一四七九頁)

よつて最後に過失相殺の抗弁について按ずるに、証人八島二郎、中目二郎(第一、二回)の各陳述を綜合すれば本件機械は電気仕掛で一歩その操作を誤れば重大な結果を捲き起こすから、平素被告において当該従業員に対しあるいは掲示板をもつて、あるいは口舌によつて、素手で鉋匁の近接を清掃してはならないと懇々注意厳戒していたにかかわらず原告は、これに意を介せず、既に休憩時間も過ぎ電動機にスウイッチが入る時刻が迫つていることに気附かず、手許にある手箒または木片をもつて、鋸屑を清掃せず大胆にも、素手で鋸匁の下に残る鉋屑を取り去ろうとしたために右手指を切断されたことを認めるに難くはないから本件事故の発生は原告の重過失にも基因するものといわなければならない。そこで以上各種の事情を勘案斟酌すれば原告が本件事故により、被告に請求することができる消極的利益の補償額は、金三五〇、〇〇〇円、慰藉料額は金五〇、〇〇〇円、計金四〇〇、〇〇〇円と認定するを妥当とする。

果して然らば被告は原告に対し右金四〇〇、〇〇〇円に弁済期(不法行為の日)の翌日以後たる昭和三三年四月六日から完済に至るまで民法所定の年五分の割合による遅延利息を支払わなければならないことはいうまでもない。

よつて原告の本訴請求を以上の限度においてその理由があり、その余の部分は失当と認め訴訟費用の負担について民事訴訟法第九二条、仮執行の宣言について同法第一九六条第一項を、同免脱の宣言について同条第二項を各適用し主文のように判決する。

(裁判官 中川毅)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例